2016年03月31日
三両入っていた
「ここで御座いましたか、おさきという女しょうのご遺体は」
宗悦が店の前に立って、経を唱え始めた。
「爾時無盡意菩薩即從座起…」
静かに戸が開けられ、旅の僧侶美麗華評價と告げると、「お入りください」と、珍念共々店内に招き入れた。
他人目をさけるように、ひっそりと店先に設えた祭壇に、会葬者はなく僧侶すらも招いていなかった。揺らぐ百匁蠟燭の向こうに寝かされた遺体の胸に置かれた魔除けの白鞘が空しい。
「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経…」
珍念も、合掌して題目を唱えた。店主は宗悦が何故に当家を訪れたのか気になっている様子である。
「拙僧は、夕べおさき殿と言われる女しょうの霊にお会い致した」
おさきは、若い番頭の霊を探し求めていたが、番頭は既に黄泉の国へ旅立った後で、伊賀屋鴻衛門という夫を呪って迷っていた。このままだと、怨霊にも成りかねないので、有難い経を読んで聞かせ、妻を思う夫の心を説いたが、未だに成仏せずにいる。
「あなたが伊賀屋鴻衛門どので御座ったか」
「はい、左様で御座います」
「拙僧はここで経を読み、おさき殿を成仏に導き美麗華評價ます、どうか拙僧の存在を無視して、ご用をお続けくだされ、おさき殿の霊が成仏されましたら、拙僧たちは静かにここを去りもうす」
暫く法華経を読む宗悦の声が響いていたが、やがて静かになり宗悦は店の衆に茶を一杯所望して、飲み干すと店を出て行こうとした。
「旅のお坊様、有難うございました」主人が姿を見せた。
「おさき殿は、聞き分けて成仏されましたぞ、ご店主どのはご安心なされますように」
改めて、宗悦と珍念が出て行こうとすると、主人は「暫くお待ちを」と、紙に包んだお布施を差し出した。
「何だ、ペッタンコではないか、何とケチなおやじ」
口には出さなかったが、心の中で宗悦はそう思っていた。
「苦労した割には貰いが少なかったわい」
宗悦は、まだやる積りか、「作戦を練觀塘找換店らねばならん」と、呟いていた。 (角付け編・終) 続く
Posted by ぶえ at 12:55│Comments(0)